2021年10月中旬、朝の5時前。鞆の浦漁業協同組合で組合長を務める羽田幸三さんと一緒に、港に帰ってきた漁船を迎えました。
薄明かりの中、新鮮な小鯛や小魚、魚介が上がってきます。
エビやカニ、タコは、すぐにかまどでゆでられます。まきをくべた釜の中で、みるみるうちに鮮やかな赤色に変わっていきます。獲れたてを手作業でゆでていく様子は、何ともぜいたくな風景。
湯気の上がるタコを少し分けていただきました。
自然な塩味の中に、しっかりとした甘みがあります。柔らかくもかみ応えがあり、あまり経験したことがない食感です。「プリプリ」と安易に表現するのは失礼!と感じてしまいました。
「おいしいでしょう? 新鮮なのもありますが、中まで完全に火を通さないのがポイントなんです。僕らは、小さい頃から慣れ親しんできた味です。最近はガス天とかも注目されていますが、子どもの頃は当たり前に、家で季節の小魚を骨ごとすり身にして揚げていました」と羽田さん。
鞆の浦漁業協同組合・組合長 羽田幸三さん
少し明るくなってから、先ほど上がったばかりの魚などが、街角で売られている様子を案内していただきました。
エビや魚が手際よくさばかれていきます。おいしかったタコは、既に箱に並んでいます。
「地元の方はもちろん、観光に来られた方も買って行かれますよ」
お店のお母さんが、気さくに話しかけてくれました。
コハダを3枚におろす様子を眺めていると、羽田さんは小さな声でつぶやきます。
「東京の有名な寿司店でも、ここよりおいしい魚は食べたことがないですよ」
さまざまな海の恵みを見せていただく一方で、羽田さんは次のようなことも話されました。
「今日も、いろいろな魚やタコやワタリガニが獲れていますが、実は近年とても漁獲量が減っています。昔は、こんなものじゃなかったんですよ。春夏秋冬その季節ならではの魚介が獲れていました。ちいちいいかは夜に光をかざすとたくさん寄ってきて、簡単に網ですくえるぐらいです。天ぷらも、湯がいて酢みそで食べるのもおいしいのですが、漁師はバケツに醤油を入れて持っていき、その場で獲ったちいちいいかを新鮮なまま醤油漬けにしていましたよ」
福つまみでは、ねぶとやちいちいいかを紹介していますが、特に今年は獲れ高が少なく、とても貴重になっていると言います。
「人のたとえに、『水清ければ魚棲まず』というのがありますが、まさにそれなのかもしれません。河川や山の整備が進むと、大地の恵みが海に流れて来ませんし、家庭からの排水も、海にとって必ずしも悪いことばかりではないのです。もちろん、気候変動という問題も関係あると思いますが、行き過ぎた規制なども見直さなければいけない時期に来ているのではないかと感じています」
ねぶと
ちいちいいか
「今日お見せできなくて残念ですが、ねぶとは夏頃に、ちいちいいかは、これからの冬場に身が引き締まっておいしくなります。ちいちいいかは、春から初夏にかけて卵を持っていて、それもとてもおいしいですよ」
ねぶとの正式名はテンジクダイ。地域によっては、ねぶとじゃこ、いしもちとも呼ばれる小魚です。甘くてねばりがあり、から揚げや南蛮漬け、団子などにして食べられます。
ちいちいいかの正式名はベイカ。小ぶりでもちもちとした食感が特徴的です。天ぷらや酢みそあえの他、煮付けなどにしてもおいしい食材です。
どちらも、食べてみると懐かしい味わいがする海の幸です。
「鞆の浦も近年は観光客でにぎわい、新しいお店なども増えましたが、僕が知る40〜50年前の雰囲気もたくさん残っています。昔ながらの景色や味も、大切にしていきたいですね。ここの海の幸は、大人にとっては酒の肴で、子どもにとっては、おかずでありおやつでした。せっかくなら、そういった部分も知っていただけるとうれしいですね」